シドニーのゲイレズビアン・マルディグラパレードで気づいたこと。『普通』の嘘

シドニーマルディグラで気づいたことのイメージ レズビアン

シドニーマルディグラ体験談:パレードは最初「自分事ではなかった」

この記事では、シドニーマルディグラが私の人生を「自分事」に変えていった記録を綴ります。

20代のシドニー:「派手で楽しいイベント」だった時代

20代のシドニー。私はアートショップで働きながら、毎年2月に開催されるゲイレズビアン・マルディグラパレードを眺めていました。

その時は、まだ自分のこととは思わず、ただ「派手で楽しいイベント」だと思っていたんです。

多様性という言葉さえもなく、多くの人が相手を認めていました。なぜなら、多種族の国だったから。当たり前に街中で派手で陽気で騒がしく楽しいレズビアンを含むLGBTを受け入れていたのかもしれません。当時の私は、シドニーマルディグラの多様性をまだ理解していませんでした。

しかし、私は自分事ではなかったからか、何とも思わずただただそのイベントを楽しんでいました。

シドニーマルディグラ前の春:彼女との出会い、そして「嫌ではない」

季節が春へ向かう4月。

そんな中、フリーマーケットで、シーグラスのアクセサリーを売っていた女性に声をかけられました。

タンクトップを着ていて、少し筋肉質のスレンダーな体。野性味のある、本当に素敵な彼女でカッコいい人だなと思っていました。

そして、そんな素敵な彼女が作った青いシーグラスのペンダントを買ったときに何故か「パーティーあるの。良かったら来ない?」と誘われました。

警戒心なんてありません、なぜならそんな素敵な彼女に誘われたことが嬉しくって、さらにパーティーする所が家からそんな離れていない。それは、もちろん承諾しましたよ。

そして、その夜、私の人生は変わりました。

女性だらけの少しスモークがかったダンスフロア、惑わすような香が焚かれたちょっとキケンな空間で、私は彼女に抱きしめられ、キスをされた。実は、このパーティーへ来た時に「あれ?もしかしてここって……」と本当は気付いていた。でも、帰らなかった。何故かは思い出せないけれど。

その時、初めてキスされて、でも、「嫌ではない…」と思ったんです。

むしろ、違和感がないというか、いや、安心感さえ覚えたんです。

肌の匂い、皮膚の柔らかさ、温かみ。全てが初めての感覚で、全てが素敵でした。

男性に触られた時の「ごつごつした感じ」「毛深い感じ」「威圧感」。

それらとは全く違う。

「あ、私はこの人好きかもしれない」

その瞬間、私は自分のなにかを気付いたのだと思います。

つまり、私は、「レズビアンなのかも」と。

彼女と過ごす日々:「自分らしさ」を取り戻す

彼女との付き合いが始まり、

その結果、毎日が本当にキラキラと輝いていました。

彼女と手を繋ぐことの喜び。ずっと繋いでいたかった。その時間が幸せだった。

そして、彼女との心の繋がり。

「自分を受け入れてくれる人がいる」という安心感。

「私って、こうやって輝くんだ」

彼女と過ごす中で、初めて気づきました。

自分がどうしたいのか、何が好きなのか。つまり、そういった「自分らしさ」を取り戻していった気がしました。

二人の女性からの告白:「あ、私って何か出ているんだ」

それから、堂々と彼女と付き合うようになって、その結果、不思議なことが起こりました。

1回目の告白

なんと、エミューオイルを買いに来たオージーらしき年下の女性が、「好きです」と告白してくれたんです。

そして、私は驚きました。いつも通りの私なのに、まさか、レズビアンオーラが!?

「え、私から出ているの?」

その時、初めて気づいたんです。

「レズビアンの方々の嗅覚に、触れているんだ」

見た目の美醜ではなく、むしろ、堂々と自分を生きていたオーラが、相手に伝わっていたんだと思うんです。

しかし、私にはパートナーがいることを伝えて、丁寧に断りました。

2回目の告白:フリーマーケットでの出会い

ある休日のこと。その時、パートナーと予定が合わず、私は一人でフリーマーケットへ出掛けていました。

ブラブラと買い物をしていると、子どもたちや大人が少し並んでいる列を見つけました。

「何だろう?」

その先を見ると、フェイスペイントをしている女性がいたんです。

周りを見回すと、実は、顔に鮮やかなペイントをしている人がたくさんいました。

「なんか面白そうだ」

そこで、私も列に並びました。

器用な手さばきで、彼女は私の頬っぺたに虹色の羽を描いてくれました。あっという間に完成。

私の頬を支える指は細くて、彼女は私より少し年上のよう。

そして、至近距離で見る彼女は、とても可愛らしい赤毛の女性でした。

配られていた名刺をもらうと、なんと、この近くでお店をやっていたんです。

お店での再会:「あなたは日本人なの?」

ぐるっとマーケットを周り、いろんな買い物をしました。

その後、帰りの方向にそのお店があったので、何気に寄ってみました。

色とりどりのポストカードや小物があり、そこには、あの彼女がいました。

私の虹色のペイントを見て、彼女が話しかけてくれました。

「あなたは日本人なの?」

その言葉が、最初の会話だったと思います。

お店のグッズの素敵さや、さらに、お互いのことなど色々な話をしました。

そして、彼女がパーティーへ誘ってくれたんです。

以前、私の彼女が私を誘ったように。

今なら分かります。

つまり、これは、レズビアンとして私を誘っていたんだということが。

正直にパートナーがいることを伝えたら、彼女は少し残念そうに言いました。

「でも良かったら、二人で来てね」

そうな風に、優しく言ってくれました。

なぜ、私はこんなに誘われたのか

あの時期になぜ私がこんなに誘われたのか、当時は分かりませんでした。

しかし、今はなんとなく分かります。

見た目の美醜ではなく、むしろ、私は私を堂々と生きていたからだと思うんです。

レズビアンとして気づき、彼女と堂々と付き合い始めた時期。

その時の私は、何か違う「オーラ」を放っていたんだと思うんです。

「あ、この人も私たちの仲間かもしれない」

そういう「嗅覚」で、相手に伝わっていたんでしょう。

シドニーマルディグラ準備:『自分たちって何者か』を確認する時間

そして、季節が冬へ向かう頃、ゲイレズビアン界隈は変わり始めます。

2月のシドニーマルディグラパレードに向けて、準備が始まるんです。

ダンス練習、衣装作り、山車の打ち合わせ。毎日がワクワクで、どこもかしこもが準備一色。

そうやって、私たちのカップルもその準備に巻き込まれていきました。

彼女と一緒に、シドニーマルディグラのパレード準備をし、

その結果、毎日が本当にワクワクでした。

一緒にダンス練習をして、衣装を作って、何度も何度も打ち合わせをして。

この過程で、私たちは「自分たちが何者か」を確認していたんだと思います。

「私たちはレズビアンで、堂々と生きたいんだ」

そうな気持ちを、友人たちと一緒に、沢山の想いを衣装に詰め込みました。

この時期こそ、自分らしく生きていたように思います。

シドニーマルディグラの準備期間は、つまりは、私たちが「何者か」を言葉にしていく時間でもありました。

帰国が決まった日:見送れなかったシドニーマルディグラパレード

しかし、悲劇は突然やってきました。

2月のシドニーマルディグラパレード直前に、なんと、日本への帰国が決まってしまったんです。

勿論、私と彼女は、ちゃんと愛し合っていました。

しかし、シドニーと日本の距離は、あまりに遠すぎました。

彼女と話し合いました。その間に、沢山泣いて沢山喧嘩をしました。でも、結局

「この関係を続けるなら、触れられる距離にいなければダメだ」

そう、結論を出しました。

長距離恋愛は、私たちにとって選択肢ではなかったんです。

だから、別れることを選びました。

衣装に託した想い:「彼女にシドニーマルディグラを楽しんでもらいたい」

悲しみの中で、私は思いました。

「私がいなくても彼女にはシドニーマルディグラパレードを楽しんでもらいたい」

シドニーマルディグラパレードは、つまり、私たちが一緒に準備してきた、大切なイベントです。

なにより、彼女が楽しみにしていたシドニーマルディグラパレードです。

「でも、私はいない」

その現実の中で、できることは一つ。

私達の友人に衣装を譲ることでした。

友人の彼女が、私たちと一緒に作った衣装を着て、シドニーマルディグラパレードに参加する。

その結果として、その友人が、私のパートナーと一緒にシドニーマルディグラパレードを楽しむ。

「それなら、私のパートナーもシドニーマルディグラパレードを楽しめるかもしれない」

そう思い、衣装を譲りました。本当は、手放したくなかった衣装を。

友達用にサイズ調整してもらった時、涙がこぼれました。

「もう二度と、この衣装を着ることはない」

その時、初めて、別れの現実を感じたんです。

しかし、同時に、想いました。

「あの衣装が、これからの私たちの人生を変えるかもしれない」

シドニーマルディグラパレードを見ることなく、帰国へ

あの、2月のシドニーマルディグラパレード当日。

私はシドニーにいませんでした。

飛行機の中で、シドニーマルディグラパレードが開催されていることを知っていました。

彼女が、友人と一緒にシドニーマルディグラパレードを楽しんでいることを知っていました。

しかし、私はそれを見ることができませんでした。

複雑な想いを抱えながら、日本へ向かいました。

日本へ帰ってから:「普通なんて、ない」

シドニーから日本に帰ってきた後、私は隠れることを選びました。

男性と結婚し、子どもを産み、主婦になりました。

日本の社会的な期待に、自分を合わせていたんです。

しかし今も、あの彼女の顔は、覚えています。

あの時の「自分らしさ」も、覚えています。

「『普通』なんて、ない」

そのことを、シドニーで学びました。

日本では「男女の恋愛が普通」という常識がありました。

しかし、それは嘘だったんです。

ゲイレズビアン・マルディグラパレードで見た世界。

堂々と自分を生きるレズビアンたち。

その空気感が、全てを教えてくれました。

「普通」は、社会が作り出した幻想に過ぎません。

関連記事:男性に触られて違和感 → レズビアンへの気づき

シドニーマルディグラで学んだこと:あなたの「好き」を信じてください

もしあなたが、今、悩んでいるなら。

「レズビアンかもしれない」と思い始めたなら。

「自分らしく生きたい」と願っているなら。

あなたも、シドニーのような世界を感じることができます。

つまり、それは、シドニーという物理的な場所ではなく、あなたの心の中かもしれません。

しかし、その世界は確実に存在しています。

あの彼女が教えてくれたように、「自分が堂々と生きていれば、同じ想いを持つ人たちが集まってくる」んです。

複雑でもいい。さらに、混乱していてもいい。

辛い別れを経験しても、その結果、その経験は決して無駄ではありませんから。

あなたの「好き」を信じてください。

あなたの「自分らしさ」を信じてください。

その先に、本当の幸せが待っているんです。

もし今、迷っているなら。それなら、シドニーマルディグラで見たあの空気みたいに、あなたの「好き」を肯定してあげてください。

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